インタビュー Vol.6 無国籍者に寄り添う 陳 天璽さん

©UNHCR

大学で教鞭をとる傍ら、ご自身もかつて無国籍であった経験からNPO法人「無国籍ネットワーク」を立ち上げ、法律相談や交流の場を作る活動をしている陳さん。熱いハートで無国籍の人に寄り添う、笑顔がとびっきり素敵な陳さんにインタビュー!

無国籍の問題を抱える人の相談窓口

―現在の仕事、活動について教えて下さい。

大学で国籍や移民、無国籍、ディアスポラなどについて講義しています。中国語も教えています。また、2009年に立ち上げた特定非営利活動法人「無国籍ネットワーク」の活動も行なっています。

―NPO法人「無国籍ネットワーク」の活動について教えて下さい。

「無国籍ネットワーク」は無国籍に関連した問題を抱える人の相談窓口として、有志で立ちあげた団体です。弁護士が法的アドバイスを行なったり、無国籍に関する理解促進のために講演会を開催したり、交流会を開いたりなどしています。

普段はおもにメールで無国籍に関する様々な相談を受けています。日本は多くのインドシナ難民を受け入れましたが、その2世にあたる子どもたちが結婚や海外への渡航といった場面で困難に直面し、相談されるケースがあります。またフィリピン人の母と日本人の父のもとに生まれた子どもが出生届けが出されないまま無国籍状態となり、ある程度成長してから国籍の問題を認識する場合もあります。相談者が置かれた状況がそれぞれ異なるので、状況を把握した上で最善の解決策を一緒に考えます。

「無国籍ネットワーク」が企画し、早稲田大学で行なわれた無国籍をテーマにした写真展とトークイベント©UNHCR
写真展「見えなかった世界 ―写真の奥にみる無国籍の人々」©UNHCR

また「すてねとカフェ」という交流会も定期的に開いています。この交流会には無国籍の問題を抱えている人、無国籍に関心のある人に自由に参加して頂いています。年齢問わず、国籍について意識したことのある人が足を運んでくれます。「すてねとカフェ」は無国籍の人が自分のままでいられる場所、そのままの自分を受け入れてもらえる場所でもあるんです。

 

ありのままの自分でいられる居場所を作りたい

―ご自身の体験と「無国籍ネットワーク」に託す思いについてお聞かせください

私自身かつて無国籍者であったときに、相談出来る人や団体が無くて困った経験をしました。「この世界から私がいなくなっても、無国籍者の自分のことなど誰も気にしないのではないか」という思いにとらわれ悩みました。「今戦争がおきても、どこにも駆け込むことが出来ない。」とも感じていました。保護してくれる国が存在しないからです。

自分が無国籍であるということを認識した後は、無国籍であることが周りにどう思われるのか不安になり、学校でも友達などには話せませんでした。やがて勇気を出して誰かに話したり、相談したいと思うようになった時が訪れましたが、その時は相談できる相手も団体もなかったのです。インターネットも普及していない時でしたので、途方にくれました。

その経験から法律面でのサポートの重要性を強く認識すると同時に、何よりもありのままの自分でいられる居場所を作りたいと思ったんです。

「UNHCR難民映画祭」のトークイベントでお話しされる陳さん©UNHCR
「UNHCR難民映画祭」のトークイベントでお話しされる陳さん©UNHCR

―これまでの活動の中で特に印象に残っているのはどんなことですか?

嬉しいのは、相談者の思いが叶う瞬間です。ある時、日本人と無国籍のタイ人の少数民族の女性が結婚という壁に直面し、相談を受けました。このときは時間をかけて、タイにある支援団体と「無国籍ネットワーク」が協力して問題を解決しました。結果2人が結婚できた時は本当に嬉しかったです。

―今後の課題はなんですか?

無国籍について身近に感じてもらうためにも、今後は音楽や踊りなどを通してメッセージを発信するなど、伝え方も工夫していきたいと考えています。

―好きな本・映画・音楽などを教えてください。

好きな本は『ビジネスマンの父より娘への25通の手紙』(G.キングスレーウォード著)。大切な人から頂いた本で、辛いときに開く一冊です。また、『こころのチキンスープ―愛の奇跡の物語』も疲れたときに読み返す本です。

好きな映画は『シリアの花嫁』(エラン・リクリス監督)と『神さまがくれた娘』(A・L・ヴィジャイ監督)。好きな言葉は「みんな空の下」。みんな一緒なんだという感じがこの言葉から伝わってきます。音楽はサルサ、ラテン、ジャズなどを聴きますし、踊るのも好きです

 

国籍をもっと多面的に見る必要性

―今後の展望・夢は?

無国籍の人と一緒に楽しく、食べて、時間を過ごすことです。笑って、ゆっくり過ごす時間はかけがえの無いものだと感じます。

―この記事を読んでいる人に向けてメッセージをお願いします。

無国籍というと、マイナスのイメージが強いかもしれません。でも中には自分の信念を貫くために自ら無国籍を選ぶ人もいるのです。そのような姿勢から我々が学ぶことも多くあります。

そもそも「国籍」とは何でしょうか?人を規定するものでしょうか?国籍をもっと多面的に見る必要性を感じます。単に「無国籍をなくす」という視点ではなく、社会で共にくらしている無国籍の人々を色々な意味で認めて欲しいと思うんです。認めたうえで、その権利を守りありのままで受け入れる、そういう社会であって欲しいと願います。

取材日:2015年1月

 

プロフィール

陳 天璽(ちん・てんじ / チェン・ティエンシ)
無国籍ネットワーク代表 文化人類学者。早稲田大学国際教養学部准教授。筑波大学博士課程修了(国際政治経済学)。中華民国国民として横浜中華街に生まれるが、日中国交正常化に伴う日台国交断絶により日本の国内法上無国籍となる。現在は日本国籍を取得。筑波大学国際関係学類卒業。国立民族学博物館先端人類科学研究部准教授を経て、2013年4月より現職。