鶴見大学国際交流センター准教授・主任の永坂哲先生は、3年以上鶴見大学の大学病院で難民申請者の方々に無料で歯科治療を行っているほか、平和茶会というチャリティー茶会を主催し、その収益を難民支援、東日本大震災支援に寄付されています。
「難民支援は現在の自分の生きがい」とおっしゃる永坂先生を難民支援に駆り立てたのはなんだったのか、実際に支援を行ってどんな心境の変化があったのか、その支援活動について伺いました。
困っている人がいるなら自分がやってみようというシンプルな気持ちから
―難民の方々への歯科治療支援を始めたきっかけを教えて頂けますか?
国連UNHCR協会の前理事長赤野間さんから、難民の人の話を伺ったのがきっかけでした。それまでは日本に難民がいるということも知らず、どんな生活を送っているのかも全く知識がない状態でした。また、難民支援は政府や国連機関がやることで、民間の関与は難しいと思っていました。
ところが、難民の人の中には適切な医療サービスが受けられず困っている人が多いという話を聞き、それなら自分がやってみようというごくシンプルな気持ちからこの支援活動を始めました。
その後UNHCR駐日事務所にどのような支援を行ったら良いか相談に行ったところ、難民支援を行うNGOのネットワーク団体、なんみんフォーラム(FRJ)から、歯科治療を希望している難民の方をご紹介して頂くことになりました。
私が勤めている大学にも歯科治療支援を行うことを考えていることを伝え、了承をとりつけました。
大学内では本当に上手くいくのかと心配する声もありましたが、「活動を手伝いたい」と手を上げてくれる人や治療用の部屋を提供してくれる人など協力者が現れ、この活動を何とか立ち上げることが出来ました。
丸3年で112人30ヶ国の人々を診察
―プロジェクトを進めて行く上でどんなご苦労がありましたか?
基本的にそれほど苦労するということはありませんでしたが、難民の人は歯科治療に慣れていない人が多く、麻酔や治療を怖がるので治療を受けるようにと説得するのに苦労しました。
でも終わってすっきりすると、怖がっていた人ほど治療後の快適さに非常に感銘を受けるようで、お礼の度合いも人一倍大きいですね。そういう感謝の気持ちにいつも救われます。
―治療の時に気をつけていらっしゃることはありますか?
治療費は頂いていませんが、病院に通う交通費は自費になるのでその額は少なくありません。通常の歯科治療は何度か通ってもらうことが多いのですが、この医療支援の場合は一人ひとりになるべく長い時間を割いて、少ない回数で治療が終わるようにしています。
今年の3月末で活動を開始してから丸3年を迎え、112人30ヶ国の人を診察しました。
支援のポジティブな効果が大学内へも広がった
―どんなときにやりがいを感じますか?
やはり治療が終わって感謝をされるときが嬉しいですね。難民の人は苦労しているせいか、人への感謝の気持ちが非常に大きいと思います。
治療のお礼にと、清掃などのボランティアをかって出てくれた人もいるし、別な機会にたまたま再会したときに、改めてお礼を言われたりしたこともあります。
また、大学内の人たちがこの歯科治療支援を通してどんどん変化してきたと感じます。支援を始めるまでは、私を含めみんな難民のことをよく知らず試行錯誤の状態でしたが、難民の人と接するうちに「お互い同じ人間なんだ」という認識を深めることでサポートもどんどん積極的になっていきました。
この活動を通して「今までと同じように診療すればよい、特別なことは何もない」ということに気づいたんです。
もう一つの支援活動「平和茶会」
―永坂先生のもう一つの支援活動、「平和茶会」について教えて頂けますか?
平和茶会は過去京都の銀閣寺や金閣寺で行ったチャリティーのお茶会です。難民支援活動をもっと一般の人々に広めることが出来たらという思いで2011年から始めました。
非常にありがたいことに、京都の銀閣寺を会場として提供して頂けることになり、自分の手で地道に準備を行い知り合いに声をかけ続けたところ、初回は600人以上の方に参加して頂くことが出来ました。会場ではオークションも行い、その売り上げも寄付に当てています。2度目は金閣寺で行い、700人が参加して下さいました。
この平和茶会はお茶の流派にこだわらず、心ある人に来てもらえばいいというスタンスで行っています。今まで難民問題に関心のなかった人々に参加してもらえたという意味では効果があったと思います。
大学の外にも広がる支援のネットワーク
―今後の活動の展望を教えて頂けますか?
今は大学だけで歯科治療支援を行っていますが、開業医の先生からも支援に参加したいという声があがっているので、大学の外にも支援のネットワークを広げていけたらと思います。
また、7月の後半から鶴見大学歯学部の5年生を対象に難民支援に関する授業を持つことになりました。臨床実習の一環として「人間の安全保障と鶴見大学における難民申請者のための医療歯科治療支援」というテーマで毎週10人ずつのグループに分けて、難民支援について一緒に考えるようなスタイルで授業を行います。
こうした授業が始まるのも、この医療支援の意義を大学側が認めてくれたからだと感じています。
-余暇はどのように過ごしてらっしゃるんですか?
映画をよく観ます。普段忙しくてなかなか自分の時間がとれないので、少しでも休みがある時はなるべく自分の感情を解放するようにしていて、映画はそれにちょうどいいんです。
好きな映画は「すばらしき哉人生」、「海の上のピアニスト」、「カサブランカ」などです。「カサブランカ」は難民が関わる話なので何度も見ています。
60年かかって見つかった生きがいとは?
-永坂先生にとって、難民支援とは?
色々な活動をしていますが、今、核になっているのは難民支援でそれに一番生きがいを感じます。
昔から人の役に立ちたい、困った状況にある人を助けたいという思いがあり、歯科医になったのもそういう願いからだったので、今まで自分がやってきたことに沿う活動なんです。60年かかってやっと見つけた非常にやりがいのある仕事ですね。
-最後にこの記事を読んでいる皆さんにメッセージをお願いします。
グローバル化が進む今、様々な国の人と一緒に暮らす、関わりあうということを真剣に考えなくてはならないと思うんです。難民問題は難民の人だけの問題ではなく、共に生きる私たちの問題でもあります。
共生ということを考えると、「人間の多様性の中に共通性を見出す」ことが私は大切だと思います。
人の違いなんて本当にちっぽけなもので、共通性の方が本当は大きい。グローバル化の本当の意味は、「共通性を見出しながら違いを超えて共に生きていく」ということだと思うのです。
取材日:2013年7月
プロフィール/ 永坂哲
銀行勤務を経て、94年鶴見大学歯学部歯科矯正学講座助手、07年同・助教、11年鶴見大学国際交流センター准教授。現鶴見大学国際交流センター主任・准教授、難民申請者のための無料歯科治療支援プロジェクト企画・実施・統括、国連UNHCR協会理事。歯学博士。日本矯正歯科学会認定医・指導医、臨床修練指導歯科医。研究テーマ:国内だからこそ確実に届けられる国際支援(とりわけ最も苦しい立場に置かれている難民申請者や難民の支援)。