緊急時の対応
1990年以降、UNHCRは過去に例を見ない緊急事態に直面した。まずはじめに、緒方貞子第8代国連難民高等弁務官が就任した1991年には、イラクからの大量のクルド難民の流出があった。 この時には、10日間に約180万人もの人々が、残雪におおわれた険しい山道を徒歩で越え、隣国であるイランやトルコに逃れようとした。当時、国際機関は合同で援助活動を展開しようとしていたが、周辺諸国における食糧などの備蓄がそれぞれ10万人分しかなかったために、この事態にまったく対応できなかった。 この苦い経験からUNHCRは、緊急事態への対応能力を高めるために、さまざまな工夫を行なってきた。
- 緊急事態対応チームの創設-現在、5人の専門官がそれぞれチームを組み、いつでもどこへでも出かけられるよう待機している。この人員だけでなく、現場ですぐに活動できるよう緊急器材(コンピュータ、紙、無線機を組み込んだ四輪駆動)も整えられている。
- 緊急援助資金-事業予備費が用意されている。
- 援助物資の備蓄-世界各所に備蓄基地を置き、緊急事態の際に援助物資を空輸できる態勢がある。
- 支援態勢の取り決め-スウェーデンとアメリカの保健省、デンマークやノルウェー、スウェーデンの民間団体と取り決めを行い、緊急事態時には、訓練を積んだ専門家約100名を72時間以内に現地に派遣してもらうというもの。
このような「緊急事態への対応能力」が試され、その強化策がある程度の成功を収めたのが1994年に起こったルワンダ難民の流出であった。この短期間に、これほど大規模な難民の発生に対応を迫られたことは、UNHCRにとってもはじめてのことであった。
ザイールに向かってルワンダ難民が大量に動き出したとの情報を得て、UNHCRが急きょ各国政府に要請したのが、「サービス・パッケージ」であった。これは、空輸、飛行場の整備、給水、道路の整備、衛生の8つの分野の中で「ヒト・モノ・輸送手段・資金」すべてをセットにした援助形式である。要請にこたえて最初に大型援助を展開したのは米軍であった。巨大な軍用輸送機に浄水設備一式と消防車二台をつんで、カルフォルニアからノンストップでゴマに到着。数時間後には浄水設備が作動し、脱水症患者20万人以上をかかえたキブンバ難民キャンプへの給水活動に大きく貢献した。このほか、フランス、アイルランド、イスラエル、オランダの派遣部隊も輸送・後方支援と医療活動を行い、過労状態にあった援助機関のスタッフを支えた。日本からは自衛隊が派遣され、医療、給水、衛生、輸送分野をになった。
自主帰還を促進する環境の整備
UNHCRは従来、難民問題の解決方法として、1.難民の本国への自発的な帰還、2.難民を受け入れた庇護国への定住、3.第三国への定住、を追求してきた。そして前述のような大規模な難民流出の経験からも、 本国帰還がもっとも望ましい方法であると考えている。 しかし、そのためには本国の人権状況が改善されるか、あるいは、平和が確立されて難民が帰国しても安全であることが保障されなければならない。これは現実には大変難しいことだが、カンボジアやモザンビークのように難民の帰還が実現し、国が復興に向けて動き始めた例もある。 このように難民が帰還する場合、UNHCRはまず、バスや船、列車、時には飛行機など移動の手段を提供する。帰還先で生活に必要な生活用品や農具を配給したり、帰還後のある一定期間、食糧や現金を支給することもある。ここ数年、帰還民のいるコミュニティ全体にすぐに役立つような、小規模だが即効性のあるプロジェクト(QIPS)-家の土台を作るためのレンガづくり、学校建設、コミュニティ・センターづくりなど-に力を入れてきた。 また、難民が大量に流入した場合、受け入れ国にいちじるしい環境破壊を引き起こすことが少なくない。難民が、煮炊きや家づくりに薪(たきぎ)を集めたり木々を切り倒したりするからである。これに対して、UNHCRでは、難民に熱効率の良いコンロを配給したり植林計画を実施し、環境の保全に努めている。
難民を生み出さないために
難民の流出は、必ずしも予測できるものではない。しかし、経済・政治が安定した状態では、難民が発生しにくいのも事実である。アジアや中南米地域で難民問題が次々と解決しているのも、情況の好転によるものである。 貧困は、難民を生み出す直接の原因ではないにせよ、あまりに貧富の差が激しい場合は、人々のあいだに不平等感がうまれ、それが不信につながって、対立を深めていくケースもある。対立が紛争にまで発展するのか、予測は不可能でも、情勢判断は必要である。 自然災害では人々はいったん移動しても、すぐに自分の町や村に戻って再建に着手する。しかし、人災の場合は、帰還するまでには時間がかかることが多い。難民問題の解決が長引けば長引くほど受け入れ国の負担は増し、ひいては地域全体の不安定化にもつながる。たとえ予防はできなくても早期に解決することで、さらなる問題の拡大を食い止めることはできるかもしれない。「事前対応型、発生国中心、包括的」な対応が求められている。